赤井沙希は母子家庭育ち!赤井英和との現在や壮絶な生い立ちまとめ!

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プロレスラーとして活躍する赤井沙希さん

なんと父親は元プロボクサーで俳優の赤井英和さん!

当初は赤井英和の娘というのは隠しておられました、

母子家庭で育ち幼い頃はつらい思いもしたという生い立ちについて調べていきたいと思います。

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目次

赤井沙希さんは母子家庭で育った生い立ちが壮絶

赤井英和さんの前妻(一般人女性)との間に

1987年1月24日に産まれました。

赤井沙希さんが3歳の頃に両親が離婚。

その頃はボクシングを、引退後、芸能界入りした父が映画の主演俳優に抜擢され、忙しくなり始めた時でした。

母親は飲食店で働きながら、女手ひとつで彼女を育ててくれたようで、

父親と会うことはほとんどなかったといいます。

沙希さんは次女でお姉さんが1人おられます。

お母様は女手ひとつで幼い2人の娘さんを育てあげられました。

幼少期のつらかった思い出を赤井沙希さんは語っておられます。

知ってる方もいるかもしれないんですけど
父親が赤井英和、母親は前妻の子供なんですよ。

で、私が小っちゃいころには別れてて、
母子家庭で育ったんですけど、父親が有名人だったので
離婚してても父親のことはテレビで見るっていう中で育ったんですよ。

ある日 父親がテレビに出た時に何かマラソンか何かしてて、

「このつらい気持ちは、何で乗り越えられたんですか?」みたいなインタビュー受けてて、

まあその時 結婚していて今の家庭があるんで自分の家族・子ども何ちゃんと何ちゃんとみたいな話をした時に、

もちろん前妻の娘の名前なんて入ってなくて、それがすごい小っちゃいころながらにショックで、

私にとっては、お父さんは一人しかいないけど、お父さんにとっては私は子どもじゃないんだ

みたいな気持ちがずうっと、それは今でも残っていて

 

赤井沙希さんの幼少期はクラスでは赤井英和の娘と噂になるも、父親とは会ったりはしておらず、嘘つき呼ばわりされたり、

テレビで活躍する父親のインタビューに疎外感を感じ、つらい事が多い

幼少期を、過ごしていたように見えます。

赤井沙希さんは母は厳しかったけどたくさん愛情を注いでくれて、女手一つで何不自由なく育ててくれました。でもやっぱり心のどこかでお父さんが欲しかったんだと思う。

引用文春オンライン

お母さんには感謝しかないが、やはり父親がいないという寂しさも拭いきれなかったようです。

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関西から上京モデル、タレントからプロレスラーへ

 

その後赤井沙希さんは偶然京都に在住の時、四条大宮でスカウトされ関西で、モデルとして活動されるようになりましたが、当時も父親が英和さんである事は伏せておられました。

 

2004年に沙希さんが写真集を発売した際、

当時沙希さんは17歳
所属事務所が赤井英和さんの娘だと公表したことで

実に14年ぶりに父親である赤井英和さんと対面することになりました。

ホテルで初めて対面された際「今までの溝を埋めていこうかな」といわれ

沙希さんは「ああ、こんなにも私が欲しかった言葉をくれる人なんだ」と思い号泣したようです。

その時、さみしい思いをしていた子供の頃の自分が救われるような気がした。と、当時の思いをかたっています。

当時赤井英和さんは沙希さんが芸能活動をしている事を知らなかったそうです。

グラビアやキャンペーンガールとしての仕事が中心でしたが、

父親が、赤井英和である事を公開してからは、バラエティーの仕事が増えていきました。

その後2006年には旭化成せんいキャンペーンモデルとして採用

グラビアやモデル活動を中心にされていました。

2世タレントとしても注目され2008年にはクイズ!ヘキサゴン2に出演。

2009年にはK1のイメージガールに抜擢されています!

この時期にK1の関係者から身長とリーチの長さを生かし、選手をやらないか?K1女子を盛り上げてほしいとスカウトされたそうです。

やると決心しボクシングジムに通い始めますが、母親が猛反対、縁を切るとまで言われ喧嘩になったそうで、その後もK1主催のFEGにトラブルがあり

結局K1デビューは実現されませんでした。

2011年6月のコメディドラマ「マッスルガール」でビッグデビルの役名でプロレスデビューします。

それを機にプロレスに興味を持ち、

せっかくこんなにプロレス面白いのに、もっと盛り上げることはできひんのかな?

とプロレスラーになる事を決意、

ちょうど団体DDTにスカウトされプロレスラーになられました。

この時母親は

梨沙さんにモデルや芸能の仕事をしてるから娘を1人で上京させたのに

プロレスやるなんて話がちがう、「プロレスやるなら親子の縁を切る」と大反対、京都に帰ってきなさい。

女手一つで育てた可愛い娘が痛い目に遭う仕事が辛かったのだと察します。

ですが赤井梨沙さんの決意は固く

2013年8月18日両国国技館大会で、プロレスデビューされます。

母親には大反対され「理解してもらえないならしょうがないな」と思い、連絡を取るのはやめたと文春オンラインのインタビューに答えています。

 

2019年2月17日アイアンマンヘビーメタル級選手権時間差バトルロワイアルにて第一1350代王者となられます。

プロレスラーとして見事な戦歴ですね!

2020年には門倉凛さんとも対戦されています。

門倉凛さんは2022年5月北斗晶、佐々木健介さんの息子、佐々木健之介さんとご結婚を発表されました。

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まとめ

赤井沙希さんの母子家庭育ちの幼少期、生い立ちから大人になられ

モデル、タレント、プロレスラーとなる人生を見ていきました。

母親とは連絡取らなくなったとも言っておられますが

大人になってから再会した父親赤井英和さんは

プロレスをしている沙希さんに対して「怪我だけには気をつけて、悔いのないように楽しんでほしい」と理解して本気のアドバイスをしてくださるようです。

父親とは良い関係を築けた梨沙さん、女手一つで育ててくださったお母様との関係もいい方向に向かっていってほしいですね。

今後も赤井沙希さんの活躍に注目です。

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